(50)松尾剛次著『親鸞再考』
私のような仏教の知識が少ない人間でも、ぐいぐいと読ませられました。面白い。まるで探偵小説のように推理を凝らして、これまでの親鸞像を変更しようというのですから、“問題作”と言えるでしょう。
通説では、親鸞中下級貴族の子として生まれ、幼いころに比叡山で学んだ後、師の慈円を離れ、浄土宗の法然の門に入ります。法然一門の法難で越後に流され、5年で赦免されてからは20年も関東の常陸国で布教をし、京にもどってさらに20年を過ごします。親鸞と言えば「悪人正機説」を唱えたことで知られます。悪人でも「南無阿弥陀仏」を唱えれば極楽浄土に行けると説いたこと、それから初めて僧侶として妻帯をしたということが一般的な親鸞像でしょう。
そうした通説は、親鸞の曾孫が制作した「親鸞聖人伝絵」をもとにしているそうです。しかし著者は、ほかの分派の「親鸞聖人正明伝」と「親鸞聖人御因縁」という史料を用いて、通説に真っ向から挑んでいます。
まず「伝絵」では、比叡山での童子時代のことがほとんど書かれていません。9歳で異例の早い得度をしたとされていますが、著者はそうではなく、ほかの童子と同じく扱われていたと史料から読みます。伝絵という“正史”が隠そうとしたのは、童子というのは、師の夜伽もするホモセクシャルな存在なので、聖人伝として消し去ったようです。
また親鸞の妻は恵信尼ひとりとされていますが、実は恵信尼は側室で、さきに正妻として中央貴族の娘の玉日姫という女性がいたと推理します。親鸞の妻帯については、自分の信念に基づいて戒律を破ったという“革命児”的な印象をもたえれていますが、著者は最初の妻帯は師の法然の命令によるものだったと考えます。一門として平等に往生の機会があるという考えに立てば、妻帯した在家も極楽へ行けることを示すために、親鸞に白羽の矢をたて玉日姫をめとらせたということです。そうであるとすれば親鸞の激しいイメージが薄れていきます。
親鸞がなぜ関東に20年もいたのか、なぜ帰京したのか、といった謎に著者は正史とは異なる史料を用いて、ずばずばと推理をめぐらします。著者の独創ではないようですが、最も驚いたのは、「悪人正機説」そのものが、親鸞独自の思想ではないことが近年の研究で明らかになってきていることです。既に法然が同様のことを説いていて、親鸞はそれを敷延したに過ぎないそうです。
そうなると、親鸞はオリジナリティもなく、戒律を破る度胸があったという人物ではないということになってしまいます。本書は親鸞の偶像破壊ともとれるのですが、興味深い視座も提供してくれます。関東での布教は、農民よりも商工業者や海民という「個人」を救済する仏教だということを、親鸞が強く意識していたのではないかとということです。近代的な個人とは意味が異なりますが、鎮護国家という天皇や国のための仏教ではなく「個人」を往生させるために布教をし、言説を残したということが親鸞の独自性だと著者は見立てます。
それにしても親鸞は、これだけ現代の人間に影響を与えていながら、あまりにも謎が多いことを、この本から教わりました。そして「個人」の救済という革命が、まさに鎌倉仏教を特徴づけるものだということが理解できます。浄土真宗のことはよく知らないのですが、西本願寺や東本願寺という主流ではない分派の史料を用いて、かなり断定的に通説に疑問を投げかけた本書は、論争の的になっていくのでしょうか。それとも黙殺されるのでしょうか。今後の成り行きも面白くなりそうな一冊でした。
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村
(49)ビアトリス・ホーネガー著『茶の世界史』
◎歴史を動かしたひすい色の液体 評価★★★☆☆
茶が世界史に与えた影響ははかりしれません。それが西洋人の求めるものとなった時、最も迷惑をこうむったのは、茶を輸出する側の中国でした。西洋人は銀で茶を買いました。しかし、中国は物資の豊かな国ですから、西洋から買うものは別にありません。西洋の銀はどんどんなくなっていきます。そして青い目の欲望に満ちた人たちは、インドを産地にしてアヘンを中国に売ります。国を挙げての麻薬商売。もちろん西洋でもそんな汚い商売に倫理的に反対する人もいましたが、小さな声でした。中国も林則徐という賄賂になびかない高潔な人をアヘン取締に派遣しますが、結局は西洋が戦争をしかけます。アヘン戦争。中国はむりやりに開港をさせられ、中国人の1割はアヘン中毒となっていました。
こうした悪名高い貿易については、角山栄さんの『茶の世界史』(中公新書)に書かれています。本書の特徴といえば、茶がどのように西洋に広まっていったのかを、とても詳しく書いていることでしょう。原題の「ひすい色の液体」はまたたく間に西洋に広がり、西洋のなかでも歴史を動かすものとなりました。
茶が伝わる前は子供でもビールを朝から飲んでいたそうです。安全で体にいい茶はそれにとってかわります。ロンドンで政談が繰り返されたコーヒーハウスでも茶が優勢になっていきます。国が目を付けないわけはなく高い税金が課せられ、密輸が横行するとともに、植民地アメリカでは、ボストンティー事件のように、茶の課税に抗議する運動が起き、やがては独立戦争へと発展していきます。
本書には蘊蓄も豊かです。茶とチャイはどう違うのか、ティーバッグはどのように発明されたのか、そして現在まで時間はくだり、茶農園で搾取されてきた第三世界の人々の話まで触れられています。
西洋人の本ですから、アジアでの茶文化の発展までは詳しくカバーされていませんが、著者は千利休の茶道にとても関心を寄せています。茶は人間の精神に働き掛け、それゆえに歴史を動かすインパクトを与えたということでしょう。茶をめぐる長い歴史が網羅的に書かれていますが、それぞれのエピソードは面白く、モノと歴史を考えるには興味深い一冊と言えます。<狸>
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村
(48)【古典再読】丸山真男著『日本の思想』
◎丸山真男の!マーク
初版の発行からもう50年になろうとするのですね。多くの人文社会系の学生が本書と格闘したことだと思います。私も学生時代には、文化には「ササラ型」と「タコツボ型」があることぐらいしか理解できなかったような覚えがあります。再読してみても、やはり難解ですね。試みに小見出しを並べてみます。
日本思想史の包括的研究がなぜ貧弱なのか/日本における思想的座標軸の欠如/自己認識の意味/いわゆる「伝統」と「外来」の思想/開国の意味したもの/無構造の「伝統」その(1)−思想継起の仕方/無構造の「伝統」その(2)−思想受容のパターン/逆接や反語の機能転換/イデオロギー暴露の早熟的登場/無構造の原型としての固有信仰/思想評価における「進化論」/近代日本の機軸としての「國軆」/「國軆」における臣民の無限責任/「國軆」の精神内面への滲透性/天皇制における無責任の体系/明治憲法体制における最終的判定権の問題/フィクションとしての制度とその限界の自覚/近代日本における制度と共同体/制度化の進展と「人情」の矛盾/二つの思考様式の対立/実感信仰の問題/日本におけるマルクス主義の思想史的意義/理論における無限責任と無責任
ふう、大変でした(笑)。しかし、進歩的知識人・市民にとっては長い間、「現代政治の思想と行動」とともに本書はバイブルのようなものでした。
間違いもあるでしょうが、要約してみます。日本には日本の精神史を体系的にとらえた研究がまったくといってほどない。それは日本の思想のムーブメントはいきあたりばったりに現れてくるので、思想史そのものにそもそも体系というものがない。開国してからどっと西洋の思想が入ってきて、各学問や各制度がばらばらにタコツボ型になっている。それでも日本を回していかないといけないので、「國軆」というものが機軸とされた。「國軆」というのは天皇制なのだが、天皇そのものの親政ではないので元老や重臣がサポートするのだが、そのために「無責任」の体系ができてしまった。西洋思想や制度がいきなり入ってきたのが、一方では日本的な共同体や人情というものが通奏低音としてあって、日本の政治社会はその間をいったりきたりする。日本の精神は「雑居性」がある。加藤周一は「雑種性」というが、きちんとした議論が対話がないのだから、雑種として融合しているというより、やはりタコツボ型にばらばらなのだ。それを克服し、「革命」を起こすには、個という主体が強靱にならなければいけない。
とまあ、こんな感じでしょうか。いま思うと、丸山は「日本は西洋のようにならなければいけない」という意味で、福沢諭吉の跡を継いでいるんだなと思いました。本書から50年がたち、学問のタコツボは変わったでしょうか? 雑居は雑種になったでしょうか? なったと言う人よりも、なっていないという人の方が多いような気がします。いや、ポストモダン的な意味で、みんながてんでんばらばらな状態は、丸山が嘆いたことよりもさらに、ひどい状態になっているのかもしれません。
だからといって、私はそれが悪いとは思いません。20年ぶりに本書を読み返してみて、丸山は本当に西洋の学問へのあこがれが強かったのだなあと思います。アジアというものが眼中にあまり入っていない。近代主義者ですから仕方ないといえばそうなのですが、日本あるいはアジアに「体系」をもちこもうとすること事態が失敗であったと思います。日本を含むアジアは曖昧なまま、「実感」として進んでいくと思います。これまでも、これからも。だから、例えば小泉純一郎時代に「実感」が爆発したような時に、「理性的な議論を」というともに、「実感」が悪い方向にむかないように「実感」に訴えていく方が有効なのだろうと思います。「話せば分かる」という時に、西洋的なディベートでは問題は収拾しないと思うからです。
丸山論は無数にあると思いますので、私が気づいたトリビアについてだけ書きます。本書は非常に硬質な文体なのですが、再読してみて、数カ所に「!」を見つけました。丸山にとっては「ユーレーカ(我見つけたり)」ということなのでしょうが、これが丸山の地肌がすけて見えて、面白いことに気づきました。たとえば天皇制が生み出す無責任製のところで「『もちつもたれつ』の曖昧な行為連関(御輿担ぎに象徴される!」。また「巨大都市の雑然さ(無計画性の表現!)」や理論家の役割をめぐって「実践(実感!)に対するコンプレックス」という具合です。いずれの!マークも、日本の伝統的共同体や人情・実感についての批判だとみられます。丸山は、「西洋のようになれ」と言い続けただけに、村社会を憎んだのだと思います。
個人が分断化され村社会のなくなった今、丸山が主張したことはそのまま適用できないでしょう。丸山は「理性による説得」を試みたと思いますが、いまのポストモダン的社会では、いい意味での「実感による説得」がとられるべき方法ではないかと思います。大きな物語が消失したいま、個と個の間でゆたかな「実感」の交流が必要なのではないでしょうか。赤木智弘さんとは違った意味で「丸山真男をひっぱたきたい」という気持ちが起きました。そんな理性信仰では、誰も説得されないよ、と。<狸>
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村
(47)仲野実著『近代という病いを抜けて』
◎「日向ぼっこ社会」にひかれる 評価★★★★★
ガンバロー会というのは、大阪府の精神病院を退院し、アパートで生活保護などで暮らしている人びとが集まり、おしゃべりやハイキングを行っているグループです。本書で、そのグループの活動をともにする精神科医の著者が、人びとが共生するような社会とはどのようなものか考察しています。こう書くと、題名も「近代という病いを抜けて」と大仰ですし、なにやら障がい者問題について声高な論文に聞こえますが、まったく違うのです。
運動系のオルグで演説する人が来ると、会の人たちはみな黙って聞き、反対する人もいません。話が終わるとみな「てんでばらばら」はおしゃべりに戻ってしまうのです。運動系の人は狐につままれたように帰ってしまう。フィールドワークに来た医師は用意してきたアンケートに何も意味がないとさっさと悟り、彼らのペースで共同生活をしてしまう。会の一人が「ヘリコプター発明者」という名刺をつくって配る。みな別段驚かないし、次の日から普通に「ヘリコプターさん」と読んだりする。
「てんでばらばら」という穏やかさで、精神障がい者の人びとが支え合って生きているので。これはなかなか感動的なグループだと思います。落語にすこしおつむの弱い与太郎というキャラクターがありますが、現代では与太郎はもしかしたら精神病院に入れられるかもしれません。しかし、前近代社会では共同体のなかでなにがしかの役割があります。人に笑いを提供することもその一つです。ガンバロー会は、なにやらそんな与太郎の集まりの観があります。そういう会が現代社会にあるということが、まずうれしい喜びです。
ガンバロー会という実践のなかで、著者は「近代的個人」というものがいいものなのだろうかと考えます。近代的個人とは、「常に首尾一貫していなければならない」「関係は常に一貫性ある信頼されるものでなければならない、それが責任というものだ」ということです。しかし、著者はそれは絶対的な真理ではないと反論しています。もしかしたら、近代のほうが人間にとっては病いではないかと。これが題名につながる話となります。
著者はジャン・リュック・ナンシーやレヴィナスなど現代思想を援用しながら、ガンバロー会のような社会は「日向ぼっこ社会」ではないかと名付けます。日向ぼっこしながら、みながてんでばらばらにつながっている。無理にまとめようとすると「本当のばらばら」になってしまうから、無理にまとめない。川の流れや波動のようなもので、人びとがゆるやかにつながっているような、そんな社会像です。
「今や、私たちは、人間の手を離れた<得たいのしれない巨大なもの>と日常的につき合わざるを得ない状況にる」と著者は書きます。テクノロジーはそれが行き過ぎると<悪>に転化してしまいます。そしていちばんやっかいなのは、「ここから逃げる」ということはできないのです。そこで著者は「ここで自由になる」という道を指し示します。それがまさにガンバロー会の存在というのです。
社会はますます複雑化し、個人の力ではどうにも手に負えないということは、多くの人が実感していると思います。たしかに「ここ」からは逃げられない。精神障がい者という少数者が照らし出してくれた「てんでばらばら」「日向ぼっこ社会」ということに、とても魅力を感じます。もちろん、社会革命はとうぶん起こりそうにはないですが、少なくとも一人の人間として人間らしく生きていくための心構えのようなものを、本書は教えてくれると思います。<狸>
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村
(46)内田樹著『日本辺境論』
◎とことん辺境で行こうと呼びかけ 評価★★★☆☆
内田樹さんの書いたものは、首肯できるものが多く、ブログや中央公論のコラムは愛読しているので、話題になっている本書はかなり期待をもって読み始めました。期待が大きかったせいでしょうか、8割ぐらいは大いに納得し、残りの2割は首をかしげる論だったと思います。
日本が世界のなかで「辺境」であるということは、これまでに山ほど「日本特殊論」が出ているように、多くの人に共有されている考え方だと思います。内田さんは本書で「辺境」ということをこう定義しています。「『辺境』は『中華』の対概念です。『辺境』は華夷秩序のコスモロジーの中に置いてはじめて意味を持つ概念です。世界の中心に『中華皇帝』が存在する。そこから『王化』の光があまねく四方に広がる。近いところは王化の恩沢に豊かに浴して『王土』と呼ばれ、遠く離れて王化の光が十分に及ばない辺境には中華皇帝に朝貢する蕃国がある。これが『東夷』、『西戎』、『南蛮』、『北狄』と呼ばれます」。
つまり日本は東夷という辺境になるわけですが、卑弥呼から日本はその地位に同意署名をしました。中国との関係は歴史上いろいろと変化をしましたが、「東夷」つまり「辺境人」であるという概念は、中国との関係という実体性の問題とは関係なく、今日までずっと日本人を規定しているという考え方です。自分は劣っているという意識・無意識があるので、外来のものは異常なほどまでにありがたがり、開放的に取り入れていく。内田さんは、「華夷秩序における『東夷』というポジションを受け容れたことでかえって列島住民は政治的・文化的なフリーハンドを獲得した」と指摘します。朝鮮は中国文化をそっくりまねようとしたのでオリジナルになれなかったけれど、日本はあえて中国から遠いというハンデを逆手にとって、外来のものを工夫して加工できたということです。それは日本優位論というより、辺境人とはそういうものだと中立的に内田さんはみなしています。近代以降も同じことで、今度は西洋のものをありがたくいただき、それを工夫加工していったということです。
だから日本は自分たちの文化や思想を「世界標準」にするという意思や行動はまったくもっていませんでした。いいものは「外」からやってくると考えているのですから、当然でしょう。内田さんは「とことん辺境で行こう」と言います。先の戦争も、日本がたとえ間違ったものであっても何がしかの思想をもって行ったのではなくて、西欧列強という世界標準に「追いつこう」としたことがエスカレートした結果であると、内田さんはみます。
日本人の心性については、丸山真男が指摘した「きょろきょろ見る」ということだと定義します。「きょろきょろ」することが日本人だと、それはその通りだと思います。内田さんは、さらに「辺境人は学びの効率がいい」、日本人の時間論、日本語論へと論を進めていくのですが、文章は平易なのですが、私にはよく分からない、なっとくできないことが多かったです。「学ぶ」ということには、どんな師についても「学びを起動」することができるといいます。時間論は武道の考え方に沿いながら、「先駆的に知る力」があり、「自分にとってそれが死活的に重要であることをいかなる論拠によっても証明できないにもかかわらず確信できる力」だと述べます。つまり、日本人はなんにでも「飛び込む」ことができる。飛び込んで、効率よく学ぶことができる「辺境人」というのですが、私にはよく理解ができませんでした。
日本語論は比較的、明快です。文字のは表意文字(漢字)と表音文字(仮名、アルファベットなど)がありますが、日本だけが両方の混じり書きを続けています。朝鮮は漢字を捨ててハングルだけにしましたし、ベトナムもアルファベットにしてしまった。西洋ははじめから表音文字です。混じり書きの強みは、いろいろ言語学的、身体論的な要因によって識字率が上がるといい、さらに日本だけが漫画という文化で一人勝ちができたというのですが、本書を読んでもその筋道が納得できませんでした。
文章は平易なのですが、新書ということで、内容を詰め込みすぎて、失礼ながら飛躍が多かったのでしょうか。そんな印象を持ちました。「とことん辺境人で行こう」という提唱には大賛成です。日本は小国という自覚をもったほうが日本人は幸福に生きられますし、政治や経済での国際的な力の低下のなかでは、日本が進むべき道として正しいと思います。論理が飛躍しているところを自分なりに生めながら、再読しなければいけないかな?という読後感でした。<狸>
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村
(45)三浦展編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
15歳から大学卒業まで団地住まいをしていました。湾岸地区にある巨大団地で、室内は快適でしたが、外はコンクリートに囲まれている無機質な感じでした。実はそれはそれで好きな環境でした。どこか醒めた、クールなただずまいの団地でした。でも本当は緑が多く、無機的ではなく暖かみのある住宅のほうがよいのではあるのでしょう。
本書は、50年前に日本住宅公団が建設した東京・阿佐ヶ谷の阿佐ヶ谷住宅の歴史を詳細に調べたリポートです。主役は設計をした津端修一。東大建築科出身で、建築家アントニン・レーモンドの事務所をへて昭和30年に日本住宅公団に入社します。
団地といえば画一的な構造で無味乾燥なイメージがありますが、本書によると津端が公団に在籍した5年間は、自由闊達な雰囲気のなかで、さまざまな画期的な団地建設が行われていたそうです。
阿佐ヶ谷住宅の特徴は、なんといってもテラスハウスです。赤い傾斜した屋根をもつ2階建て。家の前に緑の庭があり、隣家の緑とつながっています。低層住宅と中層住宅がバランスよく配置され、全体の空間に落ち着きをもたらしている。アメリカの建築事情に詳しく、コルビジェともならぶレーモンドの薫陶を受けた津端ならではの発想だったそうです。
当時の公団の社風は「ととのっていないことがととのっている」と表現されています。戦後復興のなか、手探りの混沌さが、混沌だからこそ集合住宅づくりに情熱が燃やされていたそうです。その幸福な期間はわずか5年で、主導権が技術部門から事務部門に移るにつれ終焉し、津端も公団を去りました。
日本の高度成長の少し前に、魅力的な人物たちが日本の住宅をどのようにつくっていったかのドラマが本書には書かれています。戦前から戦後の集合住宅の歴史もたどられていて、団地やマンションという集合住宅で人びとがクラスこととはどういうことなのだろう、と考えさせられる一冊です。<狸>
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村
(44)佐藤哲彦・清野栄一・吉永嘉明著『麻薬とは何か』
◎ドラッグが映す時代の推移 評価★★★★☆
もう時効なので告白しますがが、20年くらい前に悪友にすすめられて一回だけ大麻を吸ったことがあります。車の中でパイプで何回か吸い込んだのですが、そのときに起きた変化というと、カーステレオから流れてくる音楽が実に美しく感じられたのです。本当はうすっぺらい音だったのでしょうが、まるでライブ会場にいて、ギターはギター、ドラムはドラムがそれぞれにびんびんと音が体で感じられるような気がしました。気が弱いので、再び薬を買うようなことはせず、一回こっきりの経験でしたが、なるほど麻薬というものは意識を拡大し、変容させるものだと、わずかな経験ながら知りました。
本書は麻薬の歴史と文化について書かれた本です。古代から現代までの麻薬の歴史を概観した後に、「コカインとヘロイン」「ドラッグのアメリカ」「覚せい剤と日本」「LSDとヒッピー、エクスタシーとレイブ」と各論に分かれています。資生堂歯磨やイチジク浣腸とともに「眠気と倦怠除去に ヒロポン」という新聞広告があったことなど、日本における覚せい剤について書かれた章も面白かったのですが、もっとも興味を引かれたのはLSD文化とエクスタシー文化について書かれた章でした。
アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズといったビートニクを先導として、麻薬文化が花開いたアメリカはLSDの発明によって、ヒッピームーブメントを生みます。そこでは幻覚による異世界の体験を通して、愛やセックスが謳歌されます。LSDとロックは切り離せない関係にあって、ヒッピー音楽の代名詞グレートフルデッドをはじめ、ジミ・ヘンドリクスやビートルズもLSDの影響下で音楽を送り出していました。カリフォルニアのヘイト・アシュベリーという町は、ヒッピーの聖地となり、世界各地から若者たちが集まり、路上に寝込みながらLSDの快感に酔いしれていました。
60年代のLSDの時代が去り、80年代にはエクスタシーと呼ばれるMDMAという薬物が若者たちの主流となりました。LSDのように意識を変容させるのではなく、多幸感や解放感をもたらすもので、最初は心理セラピーなどに用いられました。これがDJによるクラブ文化とむすびつきます。「(60年代の)強烈なトリップや内的宇宙の冒険よりも、手軽にハッピーでオープンハートになりたかったのだ」という若者の意識の推移が映しだされています。「エクスタシーがもたらしたのは、LSDがもたらした幻覚作用やサイケデリックとは逆の、開けっぴろげな他者との一体感や、自分が今ここに生きているという、リアルな生の実感そのものだった」と分析されています。二十世紀末の若者たちは、60、70年代とは違い、「ずっと凶暴で、壊れかかり、窒息しそうな社会や、テロと戦争にまみれた世界」に生きていたがゆえに、エクスタシーという麻薬とともにあるヒップホップやレイブという手段で、自分たちの鬱憤を社会にぶつけていったと見ます。なるほどと思いました。
日本は麻薬の広がりとは無縁の国なので、あまり麻薬について考えたり議論することが少ないですが、麻薬は古代から宗教と深い関係にありますし、私たちが享受しているアメリカのポピュラー文化を作り上げているひとつの要素でもあります。本書は、そうした文明論や文化論が展開されていて、なかなか読み応えがありました。<狸>
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村