(44)佐藤哲彦・清野栄一・吉永嘉明著『麻薬とは何か』
◎ドラッグが映す時代の推移 評価★★★★☆
もう時効なので告白しますがが、20年くらい前に悪友にすすめられて一回だけ大麻を吸ったことがあります。車の中でパイプで何回か吸い込んだのですが、そのときに起きた変化というと、カーステレオから流れてくる音楽が実に美しく感じられたのです。本当はうすっぺらい音だったのでしょうが、まるでライブ会場にいて、ギターはギター、ドラムはドラムがそれぞれにびんびんと音が体で感じられるような気がしました。気が弱いので、再び薬を買うようなことはせず、一回こっきりの経験でしたが、なるほど麻薬というものは意識を拡大し、変容させるものだと、わずかな経験ながら知りました。
本書は麻薬の歴史と文化について書かれた本です。古代から現代までの麻薬の歴史を概観した後に、「コカインとヘロイン」「ドラッグのアメリカ」「覚せい剤と日本」「LSDとヒッピー、エクスタシーとレイブ」と各論に分かれています。資生堂歯磨やイチジク浣腸とともに「眠気と倦怠除去に ヒロポン」という新聞広告があったことなど、日本における覚せい剤について書かれた章も面白かったのですが、もっとも興味を引かれたのはLSD文化とエクスタシー文化について書かれた章でした。
アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズといったビートニクを先導として、麻薬文化が花開いたアメリカはLSDの発明によって、ヒッピームーブメントを生みます。そこでは幻覚による異世界の体験を通して、愛やセックスが謳歌されます。LSDとロックは切り離せない関係にあって、ヒッピー音楽の代名詞グレートフルデッドをはじめ、ジミ・ヘンドリクスやビートルズもLSDの影響下で音楽を送り出していました。カリフォルニアのヘイト・アシュベリーという町は、ヒッピーの聖地となり、世界各地から若者たちが集まり、路上に寝込みながらLSDの快感に酔いしれていました。
60年代のLSDの時代が去り、80年代にはエクスタシーと呼ばれるMDMAという薬物が若者たちの主流となりました。LSDのように意識を変容させるのではなく、多幸感や解放感をもたらすもので、最初は心理セラピーなどに用いられました。これがDJによるクラブ文化とむすびつきます。「(60年代の)強烈なトリップや内的宇宙の冒険よりも、手軽にハッピーでオープンハートになりたかったのだ」という若者の意識の推移が映しだされています。「エクスタシーがもたらしたのは、LSDがもたらした幻覚作用やサイケデリックとは逆の、開けっぴろげな他者との一体感や、自分が今ここに生きているという、リアルな生の実感そのものだった」と分析されています。二十世紀末の若者たちは、60、70年代とは違い、「ずっと凶暴で、壊れかかり、窒息しそうな社会や、テロと戦争にまみれた世界」に生きていたがゆえに、エクスタシーという麻薬とともにあるヒップホップやレイブという手段で、自分たちの鬱憤を社会にぶつけていったと見ます。なるほどと思いました。
日本は麻薬の広がりとは無縁の国なので、あまり麻薬について考えたり議論することが少ないですが、麻薬は古代から宗教と深い関係にありますし、私たちが享受しているアメリカのポピュラー文化を作り上げているひとつの要素でもあります。本書は、そうした文明論や文化論が展開されていて、なかなか読み応えがありました。<狸>
クリックしてランキングアップにご協力いただけますと幸いです。
![]()
にほんブログ村