(26)浅尾大輔著『ブルーシート』

◎若者たちの「人間宣言」評価★★★★☆

  フリーターやニート、貧困や格差の問題を語るとき、われわれはとかく抽象的にとらえがちになってしまいます。彼らは数に還元され、貧困や格差は社会システムに収斂してしまう。しかし、人間はひとひとり顔をもち、個性をもち自分の歴史をもっている。若者の問題を語るときに、そのひとつひとつの顔を忘れてしまったら、しなびた議論になってしまうでしょう。
 著者は超左翼マガジンと銘打った「ロスジェネ」の編集長で、共産党員として労働問題の支援にも現場で当たっているそうです。一方で新潮の新人賞を受けた小説家でもあります。本書は、著者の初めての小説集。登場人物はみな、派遣労働者や心を病んだ、どん底にいる若者たちです。
 表題作の「ブルーシート」は、体も心もぼろぼろになりながら、病気の母の介護と、精神を壊した兄をケアする若者の心情がとつとつと描かれています。過酷な労働現場を転々とし、派遣切りにあい、まったくの貧困のなかにあります。著者は主人公とその家族や友人を寄り添うように描いていて、貧困の本当の姿を示したいという気持ちが伝わってきます。
 ポケットのなかにはいったコインは「労働」と表現されています。その表現に、労働者として数や記号でしかない自己への切なさがにじみます。瀕死の母、「壊れ者」の兄と恋人。これ以上の悲惨さはないという状況のなかで、著者は主人公の誠実さとひたむきさのフィルターを通して、現代の悲劇の渦中にある人びとの「顔」を描こうとしています。
 そしてそれは文学として成功していると思います。ある場面で「人間とは、こういう世界で生きているんだ!」と主人公の心のなかでの叫びが現れます。「こういう世界」は矛盾と不平等にみちています。でも人間ひとりひとりは生きていて、悲惨のなかにもすこしの希望、すこしゆえに愛おしく大きな希望の芽があるのだと、著者は訴えたいのだと思いました。
 この作品は若者たちの「人間宣言」ではないでしょうか。政治や社会問題としてでは数や抽象的な議論に終わってしまう一方で、文学だけが人間に「顔」を与えられるということでしょう。多くの労働問題に立ち会ってきた著者にしか書けないであろうリアリティーもあります。社会の矛盾をつき、人間らしさをとりもどす営為が文学にはまだあるのだと思いました。傑作だといってよいと思います。<狸>

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