(29)鶴見俊輔・重松清著『ぼくはこう生きている 君はどうか』
◎賢人の公平な目 評価★★★★☆
鶴見俊輔さんの言葉はとても平易なのですが、じつはとても多様な意味をふくんでいて、自分の頭で考えているうちに、ぱっと目の前が開かれるように感じるようです。この本は小さい本ですが、そんな鶴見さんのことばがたくさん詰まっています。対談相手の重松清さんは生徒に徹していて、鶴見さんの言葉をどんどん引き出していきます。とてもよい対談の本です。
私は鶴見さんのこんな言葉にびっくりしました。「小説の読み方として、文明批評として読むのと、人生の一部として読むのとは違うんですよ」。表面的にみえれば、知識や教養を得るために別居うとして読むことと、読んで楽しくて没頭して読むことの違いなのですが、小説を「文明批評として読む」ってどういうことなんだろう、「人生の一部として読む」ってどういうことなのだろうと、分からなくなってきて、ここでいったん本を置いて、自分のこれまでの読書を振り返って、かんがえこませてしまう、そんな奥行きのある一言です。とくに「人生の一部として読む」という本が自分にどれだけあったかなと考えると恥ずかしくなってしまう、鋭い言葉でもあります。
いまの教育はだめになったという話で、鶴見さんは1905年、つまり日露戦争に勝ったところで、日本の教育が終わったというのです。それ以前のエリートの生まれかたは違ったというふうに鶴見さんは考えます。「(黒船来航から)わずか一〇年の間の混乱のなかから指導者が抜きんで出てきた。これが本来の意味のエリートなんです。つまり大衆のなかから抜きん出る人」、郷士だった坂本龍馬や無禄だった高杉晋作などを指すのですが、「大衆のなかから」というの重要だといいます。村なり藩なりという「ゲマインシャフト」、ありていにいえば「世間」ですが、そういうお互いの顔が見える共同体が、本当のエリートを生むゆりかごになる。「情緒の通う『共同体』」からエリートが出て、その空気をもったまま一国を指導する。そういうエリートを生む教育システムが明治の半ばからなくなってしまい、真の教育が日本からなくなってしまったと鶴見さんは言います。
鶴見さんは祖父が後藤新平、父が鶴見裕輔という超名家の子供ですが、「不良少年」でした。「日本では小学校しかでていない」ということが、鶴見さんの原点になっています。むろんハーバードで哲学を修めたのですから、インテリであることは間違いないのですが、日本のエリートコースを拒否したことが、鶴見さんの生き方を決めました。
エリートを拒否したから、枠組みからはずれた立派な人々のことが分かる。「山びこ学校」の無着成恭や、ハンセン病患者の人権のためにたたかった自分の学生の偉いことが分かる。鶴見さんの目には学歴とか賞とか、そういう「箱モノ」がないので、すべて公平にものが見られるのだと思います。
スーパー学歴エリートで「一番病」として嫌っていた姉の社会学者の和子さんに対しても、和子さんが脳出血で倒れてから和歌をつくりつづけたことを、とても評価する。家族を嫌うというのは憎しみがあることが多いのですが、鶴見さんは公平に和子さんをほめている。70年以上も嫌っていたのに、ほめることができる。それはすごいことだと思います。
いちばん重要なことは、書名の「ぼくはこう生きている 君はどうか」にヒントが隠れています。ぜひ、その鶴見さんの考え方、ものの見方、人の見方に多くの人が触れてほしいと思いました。<狸>