(30)坂上遼著『消えた警官』
◎権力はおそろしい 評価★★★☆☆
1952年、いまから60年近く前に起きた警察による謀略事件「菅生事件」を追ったドキュメントです。それだけの時間がたっているのに、関係者に丹念に取材し、生々しく事件の真相に迫った意欲作です。
大分県の寒村の菅生村で駐在所の爆破事件が起き、当時暴力革命の旗を下げていなかった共産党員が容疑者として逮捕されました。ところが、実際には菅生村の共産党グループに潜入していた捜査官が画策したでっち上げだったと判明した事件です。
当時は、東西冷戦まっただ中にあり、激しいレッドパージが行われる一方、共産党も革命への意志を持ち、「山村工作隊」という武力集団が毛沢東の農村工作にならって山村で非公然活動をしていました。
時代が時代とはいえ、爆破事件を警察が謀略として実行することに背筋が寒くなりました。状況次第によっては何でもするという権力の牙を見る思いです。反面、共産党も今から振り返ると激しい意思をもっていた政治勢力だったのだと感慨深く思えます。
本書は、ドキュメント小説形式をとっているので、とても迫力のあるノンフィクションとなっています。取材も深く、おとり捜査官だった人物や共産党関係者、報道関係者へのインタビューを積み重ねながら書かれています。
イデオロギーの先鋭的な対立のない今、菅生事件は歴史の箱には収まっていますが、権力が状況によっては法を無視して凶暴になることは、たとえば米国のテロリスト対策などにもみてとれます。権力とはおそろしいものだと、あらためて感じさせる力作だと思いました。<狸>